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2012/05/28

ディアスポラ伝道って?

OMF宣教師として奉仕されている横山好江先生から、ディアスポラ伝道について執筆していただきました。

ディアスポラ伝道という働きも覚えていきましょう。


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由紀子さんからお誘いいただきました。OMF宣教師、ディアスポラ伝道主事の横山好江です。

「ディアスポラ」は聖書の言葉で「離散の民」。1ペテロ1:1などに登場します。迫害のゆえに住み慣れた地を離れて生活しなければならなかったクリスチャンに宛ててペトロが書いた手紙です。グローバル化の現代。ますます増加する「母国を離れて生活する東アジア人」が、私が属する部署の働きの対象。今のところ、働きが展開されているのは中国人、日本人、タイ人、フィリピン人、インドネシア人です。

イギリスのレディングで奉仕していた頃の話。「日本にはクリスチャンって居るんですか?」ひろみさんが真顔で質問してきました。彼女はワーキングホリディ・ビザで約1年間、イギリスに滞在している間に、生まれて初めてクリスチャンに会い、聖書を読むようになり、教会に行くようになりました。イエス・キリストを救い主として受け入れる一歩手前のところで帰国を迎え、その直前にわが家に来られました。私達夫婦が会ったのは2度目。楽しかったイギリスを離れ、これから帰る日本では一度も教会に行ったことがない、聖書も手に取ったことがない人にとって、真剣な問いです。

こういうことは珍しくなく、そのたびに「1%を超えられない」現状を思わされます。1%の私達が、どうやって99%に届くのか。大きな課題です。2者の間にはとても大きな壁があります。99%の人達は、その生活圏、人間関係の中で生活していて、神様の介入がなければ、その壁を越えることはできません。99%の人達の中から、神様はある人々を取り出して、外国のクリスチャン環境に置かれるのです。

ひろみさんは帰った先の栃木県で教会に導かれ、1年半の受洗準備を経て、川で喜びの洗礼を受けました。「神様に出会うために、私はイギリスに行ったのだ。自分では○○がやりたいと思って行ったけど、神様は素晴らしいご計画をお持ちだった。」

キリスト教に関する全てが英語で入っていたひろみさんは、それを日本語に変換する作業をしなければなりませんでした。洗礼を受けたいと言って教会に来た人が、日本語の聖書をもっていない、日本語で祈れない、日本語のキリスト教用語を知らない、としたら牧師はどう思うでしょうか。どう対応するでしょうか。ひろみさんの教会の牧師は寛容で忍耐深い方でした。イギリスでの話をず~っと語るひろみさんを、ひたすら受けとめてくれました(半年は続いたらしい)。


どうぞ祈って下さい。

1.      帰国したクリスチャンや求道者が日本でも信仰の歩みを続けられるように。
2.      日本各地の教会が、寛容、忍耐、知恵をもって帰国者と共に歩み、主に喜ばれる教会を形成できるように。
3.      学生である帰国者に、帰国後なるべく早く信仰の友が与えられるように。(クリスチャンを誰も知らないという状況の中で心が萎えてしまって神様から離れる帰国者がとても多いです。)
4.      海外の日本語集会や留学生伝道には、日本からの助っ人(短期でも長期でも)が必要です。ひろみさんのような人が「日本にもクリスチャンがいるんだ!」と分かるため、そこから信仰の友人ネットワークが始まる、日本でクリスチャンとして歩むのがどういうことか直接聞ける、等々。このような助っ人がもっと起こされるように。


興味のある方は、お気軽にご連絡ください。


横山好江




by Yukiko



2012/04/28

EMF(医療者の集い)新年会に参加しました

し古い出来事を更新したいと思います。


今年1月21日に、都内のJECA聖蹟めぐみキリスト教会を会場に、EMFの新年会がありました。

みなさんご存知のように、EMFはEvangelical Medical Fellowshipのことで、福音主義医療関係者協議会のこと。

KGKに集う学生の中にもEMFに参加している、または医療系の学びの忙しさのためにKGKには集えないよという学生も参加しているEMFです。

医療者の抱く悩みは、時に、医療関係者以外には理解できないことがあると聞きます。

学生としてのサイクルも一般学生とは大きく異なる点もあります。

EMFはそんな医療系学問を選択するクリスチャンの学生にとって、単に同じ志というだけでなく、クリスチャンとしての共有を持つことができる友と出会う場だと言う声も耳にします。

また、学生フェローシップではないので、現場で働く先輩クリスチャンの医療者との交わりが宝であるとも聞きます。

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回のこの新年会は、南アジア、東南アジアでクリスチャン医療者としての働きに従事される先輩クリスチャンをスピーカーにお招きした会でした。

翌日の当教会での礼拝でも証してくださいました。
※本人の許可を得ています

人は東南アジアで小児科医として働かれるA師です。

東南アジアでクリスチャン医学生との聖書研究、女性の裁縫教室などをリードされ、イエスさまが人々を愛しておられることを証ししておられます。

ここでの詳細なレポートは控えます。


う一人は南アジアのとある農村地域で、イギリス人宣教師の建てたクリスチャンホスピタルで産婦人科医として1年間の働きを終えたDr. Sueです。

彼女は私の個人的な友人でもあり、2010年夏にマレーシアで開かれたOMF(国際福音宣教団)主催のアジアミッションカンファレンスでのルームメイトでした。

彼女が主に導かれて働きをしていた南アジア国の医療状況の実態を背景に、リアルな人々の生活を証してくださいました。

産婦人科医ですので、一医師の視点からも生々しく語ってくれました。

たとえば、破水してから道なき道を荷台に載せて病院にやってくるときには、母子ともに荷台の上で死体となっていることもめずらしくない、ということとか。

他にも、医療者が聞いてもショッキングなエピソードや実態を分かち合っていました。

医学的なことは私にはさっぱりですが、Dr. Sueはそんな女性たちを愛し続け、日本では決してないほどの状態や数のお産の働きをされたそうです。


Dr. Sueのいた国は国民の半割以上がイスラム教徒です。

Dr. Sueは、村に滞在する機会を通して、家族の絆がとても強いということを語っています。

そして、宗教はその絆を強める役割をする。

それは、他の宗教に変わるということがどれほど大きなことか、ということです。

アジア・アフリカでは、特に農村地域で、宗教が変わるということが時に家族をも失うことになりえます。


るエピソードがあります。

お産後に出血がとまらず命の危険で、輸血が必要になった妊産婦がいました。

現地では輸血用の血液を準備しておくということはなく、必要になったときに周囲の人と協力して血液を集め、対処します。

患者さんの血液はB型。

朝まで仕事しなければならないDr. Sueでしたが、ふいに「私もB型です」と言ってしまいました。

輸血をして翌朝、Dr. Sueは真っ先に血液をあげた患者さんのところへ様子を見に行きました。

それは、自分の血液をあげた人を自然と大切に思う感情が生まれたからでした。

その時Dr. Sueは思いました。

イエスさまは、私たちのために最後の血の一滴までくださったのなら、私たちを大切じゃないはずがない。



Dr. Sueはいろんなことを証してくださいましたが、彼女が本当に伝えたいことは一つでした。

それは、イエスさまがともに歩んでくださる、ということ。

インマヌエルと呼ばれる主がともにおられるという事実が、ますます深く根を下ろしたことがこの一年間の働きの収穫だった、と語っていました。



回のEMF新年会ではオフレコの分かち合いが多かったこともあり、ここで公開できることも限られますが、試験期間で参加できなかった医療系学生たちもいるのでは、と思い、更新しました。

私は医療とはほぼ無関係ですが、医療者の目線から見た主の働きを聞くことができてとても恵みでした。




by Yukiko



2012/03/17

中央ジャワのミニストリーを紹介します

し、私の友人のミニストリーの話しです。

私が参加してきたミニストリーの一部を紹介します。

友人との再会の意も込めて、中央ジャワの都市、プルヲクルトに立ち寄ってきました。

ここに住む私の友人とは、互いにシスターと呼び合う親愛なる友、Niaです。

彼女は1年半前まで、約7年間ジョグジャカルタという都市でプロカンタスの重荷を負い、主に高校生への働きに携わってきました。

しかし、中国系イスラム教徒のお父さんの大反対がついに爆発し、ある日故郷であるプルヲクルトに戻ってくるようにとの電話を受けました。

帰郷後は、厳しい親の反対を受け、故郷から一番近いプロカンタスのアクティビティにさえ参加することが許されませんでした。

1年間悩みながらただひたすら耐えて主に祈り続けた彼女に与えられたのは同じビジョンを持った同労者、Denniでした。

この同労者に励まされ、Niaは時間のゆるされるときにDenniとともにバイブルスタディーを導く奉仕に出かけられるようになりました。

左から、Denny、友人、Nia、私

Denniは英語の教師をしており、英語がとても堪能です。

そして同時に主への献身にとても熱心な人です。

アメリカから宣教師として来ているKyleがインドネシア人を励ましたいと願っているビジョンと、Denniの英語を用いて人々に証したいと願っているビジョンとが一致し、彼らは今英会話をキーワードにミニストリーを導いています。

彼が今リードしている主なミニストリーは、英会話クラスと、ミッション系中高校での英語クラスです。

私はその両方に参加させていただきました。


ちらはミッション系中学での英語のクラス。

Denniとともにミニストリーを導く数名がともに参加し、複数のクラスに分かれてクラスを導きます。



語で簡単な賛美を教えます。

ゲームをするときにその曲を歌いながらする。

今回は日本語の賛美を教えてほしいと頼まれ、「海と空」をみんなで歌って覚えてきました。

一人が救いの証を、私が日本についてを英語で紹介しました。

インドネシアではドラえもんやナルトも有名ですが、なんといっても話題はAKB48。

中学生もヘビロテ?というやつを歌えます。(私のほうが知らないかも)


Denniのミニストリーは、単にキリストを言葉で証するだけではありません。

このクラスの中学生たちのように、両親の選択によってたまたまキリスト教に結びついているというインドネシア人は多くいます。

各自が意識的に救いの確信を受け取ることができるよう配慮しながら語りかけます。

同じクラスをリードしたDenni(ギター持ってる人)とその仲間たち


ちらのミニストリーは年齢制限のない英会話クラス。

今回は大学生は休日、中高生はテストがある日だったため、参加者は見込めないだろうとの状況の中で集まってきた参加者たち。

初めて来た学生の中にイスラム教徒もいました。

みなが、「英語を学ぶ機会はあるけど、話すことを通してスキルアップを図りたい」と来ています。



ンドネシアはイスラムを国教として認めてはいませんので、公式の場で宗教によって差別が起こるということは表面上ではないことになっています。

しかし、宗教を変える、特にイスラム教徒からキリスト教徒に変わるということは、家族を捨てる決断とほぼ同一です。

他のアジア諸国においても言えることです。

宗教が人々の絆そのものであり、人々のアイデンティティそのものなのです。

逆にキリスト教徒がイスラム教徒になるということは、おかしで言うおまけがついてくるほど待遇されることで、どこからも批判を浴びることはありません。

一般の大学では、多数派が故に自然と大学内にモスク(イスラム教徒の祈りのスペース)があります。

キリスト教徒の家族に生まれ育ちながら、個人的な救いにたどり着かず、大学生活の中でイスラムに身近に触れることを通して改宗する人も少なくはないと聞きます。


スラム教徒に見られる特徴的な救われ方があります。

それは夢にイエス様が出てくる、というものです。

夢の中でイエス様に「わたしに従いますか」と問われ、目覚めて決心するというイスラム教徒がいます。

インドネシアに限らず、イスラム教圏であればそのように救われた人がいます。

先に書いたように、救われてからが試練ですが。


自身が感じることですが、インドネシアをとっていうなら、この国には新しく種を蒔く直接的な働きをする器より、すでにある信仰者を励ます働きの器が重要です。

もともとクリスチャン人口の少ない国ですが、その中でもキリスト者として生きていくのに危機感を覚える自覚的なクリスチャンは多くないからです。

Denniのような人を見ると、広いこの国の中の地方都市の片隅で沸騰しているやかんのようにしか思えませんが、その志をたてさせているのも主なのだ、ということを覚えさせられます。


おまけ。アメリカ人宣教師Kyle(右)と一緒に天然足湯へ

by Yukiko